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40ベイビーズ

 投稿者:笠間コブラ会  投稿日:2013年12月16日(月)21時19分59秒
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  1980~沸々と世を席捲し始めたDCブランドブーム以降かなぁ?

田舎の若者が手っ取り早く我を主張する方法=「暴走族」ナ感じが崩れ

BE-BOP的ナ失笑をかいはじめた頃でしょうか…

80年代後半…世は空前のバンドブーム!

水戸駅、宮下銀座、銀杏坂と水戸の街にもには逆毛を立てギターを背負い

厚底やブーツを履いた若者が溢れかえりました

多感&友人無しナ15の夜を悶々していた欲張りなアダクシは

POPEYE&宝島&ライダーコミックを愛読しては逆毛を立て横毛をなでつけ

outerはGジャンか合皮のライダースかドカジャンか?innnerは逆キリストかユニオンジャックか45rpmの

カットソー?下はジョッパ-かケミカルウォッシュdenimか細身の黒ツイルかニッカボッカ?足元はデッキシューズか

ALLSTARかFRESHBOXのクリ-パーかマーチンか雪駄かシャークソウルなオデコ靴?な

HYBRIDSTYLEでナンバーの無いCBXか緑色のvespaに跨りたいして弾けないアンプとセットで2万円

みたいなbassにオリジナルのペイントを施しラフィンかboowyかブルーハーツ+pistols、clashなんかを

鼻唄しながら本人的には充分過ぎるロックンローラー(なツモリ)ぶっては街のお洒落さんたちから

哀れな失笑をきっと買っていたはずだ(要するに今とカワラヅ…)

BANDをはじめたのは中学3年の頃でboowyとラフィンのコピー!

最初のLIVEは文化祭かなんかだったか

大人の儀式も一通り済ませ無事高校に進学しオートバイとバンドマンのゴチャマゼ文化を

キチンと消化するもアイカワラヅ人付き合いは上手にできなかった(要するに今とカワラヅ…)

上手く表現できづナンチャッテROCKな自分に嫌気がさしつつも飽きずに毎夜独りで唄っていたのを思い出す…

高1の終わり頃からだろうか?手応えを感じれば感じるほどに先生や親やヤンキー系の仲間からも愛想をつかされた…

同時に名前も顔も知らない演者や客やナ輩に唄う度に出会い、ちょっとずつダケド

「同じ向きを向いてる?」感を抱き始まったりもした

高2の途中位からは自分たちの打つLIVEに知らない人がどこからか噂を聴きつけ

御金を払ってまで見に来てくれる様になり、誕生日やバレンタインなんかには随分と良い想いをさせて頂いた

コノ頃位からかな?「俺達ヒョットシテROCKで行けちゃう?」的な夢を少なからヅ皆抱きはじめたりした

高3に進級=受験か就活みたいな話が出始め当事者ナ各々に色々な思いが交錯した

俺は自分のハッタリなチンピラ振りやら五月蠅い女の子や趣味ズレはじめたBANDの現状に少しだけ嫌気がさしはじめた頃だった

俺に輪をかけてプラスなチンピラ振りを発揮し、狭く細いナデ肩にサラニ細い

ストラップを掛けタジロギながらな猫の目挙動で客席に唾を吐き充分過ぎる

トラブルな理由をDIYしては「ヤラレソウニナッタラカナラヅ助けに来てねナイチャン!」

と言い残し拳に鋲ベルトを巻いて突っ込んでいくオバカさん…

そんな可愛い近所の絵が上手な繊細弱虫水戸代表なチンピラが「独り悩み決めた事」を

相談された当時17歳ナ24年前の夜だった

作戦実行は来週火曜日(両親の営むお店の定休日)で奴が俺に求めたのは

2階の部屋に梯子をかけるのを手伝うのとノーヘルVESPAで迎えに来る事と

親と先生とカンタには絶対内緒!(週末にカンタBANDのLIVEのhelpを請け負っていたため)だったと思う…

俺本当は色々説教くさい事を言うつもりだったんだけどナンダカ少しだけ寂しくなって

VESPAの2ケツ越しにソレなりのハナムケな応援的言葉をかけたんだと思う・・・

無事にクソ親(奴的に…)&クソ学校(奴的に…)&糞田舎(奴的に…)に御別れできたはよいけれど

一ヶ月くらいかなぁ…アイツを捜す母親から毎夕掛かってくる電話に出て嘘をつくのがトテモ痛かったのを憶えてる

携帯もインターネットも無い頃だからTOKYOでの近況報告は毎度手紙でしてくれた

(「今日は髪の毛の色をオレンジにしてみた」ナンツッてセロテープで髪の毛を張り付けてあったりね…)

ソンナ奴もBANDやりながら色々な自分試しをして来たんだろう…

そして昔から絵が上手だったチンピラがね見つけたんだわネ自分の居場所をネ

東京の仲間越しから奴の音楽やら仕事やら度が過ぎるチンピラ振りの噂はチラホラ

聞いていたし何度かも会って呑んで酔って喧嘩をするか止めるかしたんだわ

ソンナ奴も沖縄に根を張り大好きな絵を大嫌いな人間に描きながら堂々と飯を喰ってるって噂も聞いた…

そんなチンピラが24年前vespaのケツに乗り逃げだした大嫌いな見川の実家に帰ってくるという

理由は当時突っ張りあっていた親父が危篤と云う事らしい

一週間後亡くなったとの報せを聞き24年ぶりに奴の実家に行ってキタ

当時のオバサンの辛労を解りながらも話せなかった事を謝罪し故人に手を合わせた…

「親父さんは親父サンなりのプライドがあったのよ」とオバサンから聞いた

葬儀は粛々と執り行われた…

奴の首と手首から除く上手な絵に眼が行った輩もいるのだろうが勿論気にも留めヅ二

堂々と焼香するアイカワラヅの狭い肩幅と華奢で小さな背中を観ながら何故か安心したりもした

その夜仲間と一緒に献杯した

シミジミと話すのは何年ぶりだろう

色々な近況報告を全く気兼ねイラヅな当時のチンピラ達と呑った

奴は奴也のキチントをブレズにやれている話をタップリ聞いた

アイカワラヅの必要以上の「オラオラ」アピールするアホだけど

皆の身体の事を心配したり貯金のススメとか真剣に話てるから少しだけおかしかった(笑)

現在は人を使い指導しながら自慢の絵を「一生モノ」として魂込めて人肌に刻んでいる

俺の周りはカッコイイ人達で溢れており!てのは周知のとおり…

毎度「自分は駄目だナァ~」とトドメ刺される俺の40年・・・

相変わらずうまく人と付き合えません・・・

アイカワラヅ毒を吐き知らぬうちに人を傷つけて居るらしい・・・

呑むと電話と財布と信用を無くします・・・

一緒に向くのは嫌だけど一人ぼっちはもっと嫌いです・・・

そんなダメダメなアダクシがオマエよりマシ!って思っていたハズの絵の上手なチンピラ君

昔と変わらぬ狭い肩を無駄に「オラオラ」させつつも

確実にハッタリ抜きな「堂々」ナ鎧を纏いながら

沢山傷つけて沢山傷ついて

そしてその分だけ+

少しダケ人に優しくなれた事を

俺達は知っている・・・

決して褒めることなんて出来たもんじゃない

そんな俺達齢40

モウ誰の邪魔もしないし

&誰にも邪魔はさせない

気が向いたらまた帰ってくれば良い

時間が会えばまた一緒に呑もう

人のせいにセズ笑って生きてさえいれば

結局愉しイイ事しかない

大甕笑神…(談)


 
 
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